大澤作品 大澤悠介

大澤悠介

Yusuke Osawa

1995年埼玉県生まれ。2018年多摩美術大学美術学部工芸学科ガラスプログラム卒業。同大学 大学院美術研究科工芸専攻ガラス研究領域在学中。
〈昨年度の活動〉
第54回神奈川県美術展工芸部門美術奨学会記念賞受賞
瀬戸市美術館特別展「GEN ガラス教育機関作品」
個展「大澤悠介展」
Twitter: @osawa_yusuke
Instagram: @1142yusuke_osawa

vol.4 景色が聴こえる

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どのような幼少期を過ごしましたか。

私の父は小学校の教員でした。教員の前は企業の研究者であったためか、学校では数ある教科の中でも特に理科を教えることが多いらしく、幼少の私に小学校の理科の教材で使うような標本や実験キットを渡し遊ばせていました。電池とモーターで動く車を作ったり、リトマス試験紙に洗剤を垂らしたり、ヘロンの噴水を作ったり...中でも私が特に興味を持ったのが、幼稚園の時に貰った地学の教材である小さな原石の標本でした。

 

以来私は寝室に飾ってあったアメジストの晶洞を飽きるまで眺めたり、金槌を持って庭に出ては大きめの砂利を砕いて化石や原石を探すのが日課になっていました。この頃からすでにガラスのように透明なものや光り輝くものが好きだったのだと思います。

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ガラス作家を志したきっかけや経緯を教えてください。

小学校が長期休暇になると必ず田舎の祖父の家へ泊まりに行きました。その近くには上越クリスタルという大きなガラス工房があり、もとより何かを作るのが好きだった私は、暇を見つけては吹きガラスの工房を見学したり、付近に設置されているガラスのオブジェを見て回ったりしていました。

中学に上がると絵やものづくりに一層興味を持ちましたが、少しづつ自分の将来を考える中で、ものづくりの仕事は儲からないという意見に流され、進学に力を入れている私立高校へ進学しました。そこでは1年次から美術の授業がなく、厳しい部活と勉強で創作の時間は全く取れない。抑圧された高校生活の中で膨らんでいったのは、ものづくりへの欲求と、このまま何と無く就職して老いていく生涯が幸せなのかという疑問でした。 部活を引退した3年生の夏、私は理系の大学から美大へ進路を変更し、立体物の制作技術が学べ、就職にも繋がりそうな工芸科を目指しました。

進学先の工芸科で小学校時代から憧れを抱いていたガラスと再び出会うと、ガラスという特異な素材の魅力に次第に魅了されるようになり、ガラス作家として生きていこうと決心しました。

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ガラス素材のどのようなところに魅力を感じていますか。

私がガラスの一番の魅力だと考えている点は、透明であるという特徴に起因する、反射と屈折です。空気中では常に直線的に進む光はガラス内に侵入すると歪に形を変え、時には色さえも変化させます。そうしてガラスに映り込んだ光、景色、視界の全ては、ガラスの形態に沿って歪み、ガラスの中に無理やりに世界が凝縮されたように閉じ込められます。私はそんな反射が好きで、ガラスで作品を作っています。

 

勿論、反射と屈折はガラス特有の現象ではありません。現象だけなら水や透明樹脂でも同じものを起こせるでしょう。しかし、経年劣化への耐性、加工のしやすさ(私がいる環境に設備が整っているというのもあります)、価格、そして透明度、こういった観点から総合的にみると、ガラスは他の透明素材に比べ秀でていると私は考えています。

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今の作風のきっかけや経緯を教えてください。

最初のきっかけは卒業制作でした。ガラス専攻四年間の集大成は、自分が好きなガラス素材の魅力を前面に押し出した作品にしようと考え、ガラスの反射という現象そのものに焦点を当てて制作を始めました。

以降は卒業制作の改良型の作品で、同じくガラスの素材的魅力や現象を第一に考えて作品を制作していましたが、ある時私の作品を見た教授は「楽器じゃなく曲を作りなさい。」とおっしゃいました。最初はなんのことやら理解出来ませんでしたが、「ガラスの素材の面白さは提示できているが、単なる提示なら誰でもできる。作品の中に作者である私がどこにも居ない。」という意味だったと気づいた時、この言葉が強く印象に残りました。

最近の作品は、ガラスの反射や屈折などの現象を利用しているのは同じですが、水溜りに映った青空やビルの谷間から一瞬見える夕焼けのような、日常生活で自分しか気に留めないような、ごく小さな感動の情景を備忘録的に作品に落とし込むことを第一目的としています。

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どのような技法でつくられていますか。

最近の作品は電気窯でガラスを溶かすキルンワークという技法も織り交ぜていますが、だいたいの作品は熱いガラスを竿に巻いて加工するホットワークという技法をメインに作品を制作しています。理由は2つあり、1つ目は速いことです。技術は必要になりますが、ホットワークほど短時間で大きな作品を制作できる技法はなかなかありません。

2つ目は、より手作業に近いということです。キルンワークは型の原形を粘土などで作り型取りをし、窯に入れて溶かすガラスをセットしたら、あとは溶けたガラスが型どおりの形になって冷えて固まるまで、ほとんど手を加えることが出来ないのです。それに比べ、ホットワークはガラスを巻いてから作品を成形し終えるまでの全てに人の手が介入します。

自分の手で何か物を作ることが好きな私にとっては、制作当初の気持ちの熱量を直にガラスに伝えられ、出来上がったものにより愛着の湧くホットワークが一番魅力を感じます。

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制作において苦労したことを教えてください。

一番の苦労は、制作技術よりも「個性とは何か」という問題の解決です。私が作品を制作する上で、一番見て欲しいと思っていた点は、作品の形態よりもガラスの中の不思議な反射や屈折の方でした。形態から何かを連想させてしまっては、鑑賞者にとって中の反射は二の次になってしまいます。作品のフォルムはよりシンプルに、反射はより複雑に...当たり前かもしれませんが、その結果生じたのが無個性問題です。

反射を見せるため、よりミニマルな形態に近づけた結果、作品に現れる作者の個性は消えていく。作品に個性は出したいが、シンプルな形態でありたい。このジレンマから抜け出せなくなり、スランプ状態に。一時期は考えるのを放棄し全く別の作品を作っていました。

結局のところ、欲張りすぎていたんです。一番に見て欲しい要素がいくつもあっては、作品が破綻してしまいます。今は、自分にしか出来ない作品とは何かということを一番に考え、それを表現するためのツールとして副次的に使う現象や形態を決める事にしています。

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作品を通して伝えたいこと、作る上で大切にしていることは何ですか。

私が作品制作で大切にしているのは、一目見た時に「おどろき」があることです。私にとってはそれがガラスの反射や屈折などを利用した錯視的な仕掛けなのですが、「おどろき」が芸術の間口を少しでも広げ、芸術に興味を持ってもらえる手伝いをしてくれるのではと私は考えています。

今日まで様々な錯誤を経て進化し、深化し続けてきた芸術という分野は、芸術にあまり興味知識がない人からすれば、理解するのも大変で敷居の高いものとして見られがちです。私は多くの人に芸術に触れる純粋な楽しさを知って欲しいのです。勿論内容の薄っぺらな作品にする気はありませんが、私は自分の作るものを崇高で敷居の高い芸術にしたくないのです。

まずは視覚で人を驚かせ、楽しませる。「わっ、すごい」でも「へぇ、キレイだね」でもいい。楽しませることができれば私の勝ちです。その次の段階である自分の制作意図や理念に興味を持って貰えれば尚良しですが、そんな難しいことは私個人と知りたい人だけが知っていればいいことだと思うのです。

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今後の展望について教えてください。

最新作で使用した技法やガラスへの塗装は私の中で初めての試みだったので、扱いに慣れていない故の課題点が散見する結果となりました。今後は今の制作方法の可能性と技法や素材に対する理解を少しづつ深めていくことになると思います。

その過程で必要性を感じれば金属や木材などの異素材の加工方法を学び、現在よりも自分の伝えたいこと、見せたい効果が伝わりやすい作品作りに従事していきます。

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フォトグラムを見て感じたことを教えてください。

殊ガラスにおいて作品が落とす影は、作品の一部と言っても過言ではないほど重要な役割があると私は思います。それはガラスが透明であるということに起因しており、作品を通して屈折した光は思わぬところに反射光と影を落とします。

程よく美しい影が透明なガラスの存在感を際立たせたり、逆に影の方が作品より目立ってしまったり...ガラス作品はどこからどんな角度で作品に光を当てるかによって、全く違う印象になることもよくあるのです。

そんなガラスが落とす影に焦点を当てたフォトグラム。ガラスを通して地面に落ちた光と影をガラスから切り取り独立させたそれは、元の作品とは全く別モノの新しい作品としても捉えられ、非常に興味深いと思います。

ありがとうございました。